しがない職員のシュワワのワ

しがない職員が綴る、1話1分ブログ。

真の復興とは?

2013年1月に行われた安倍首相の所信表明演説より。

故郷の復興は、

 被災地の皆さんが生きる希望を取り戻す作業です。

 今を懸命に生きる人々の笑顔を取り戻す

 それは、その笑顔をただ願いながら

 天国で私達を見守っている犠牲者の御霊(みたま)に

 報いる途(みち)でもあるはずです」

 

冒頭の「故郷」を、私達のコミュニティに置き換えてみても良いだろう。

「真の復興」とは何か?

目の前のことや活動に追われるだけではなく、
それが何のための活動なのかを忘れてはなるまい。

“私自身” は今、心から笑えているか?

また、私達の大切な人を心から笑わせているか?

…もし、確信を持って即答出来ないようなら、
まずは私達の中に、希望を取り戻す必要があるだろう。

希望は、どこかや他の誰かにあるものじゃない。

私達の内から湧き上がらせるものだ。

そうであってこそ、御霊が私達に宿り、
私達に力を与えることだろう。

「真の復興」の始発点は、
私達の心からの復興に他ならない。

(2016/7/16)

「戦略」を見極めよ

「戦略」というもっともらしい言葉に惑わされてはいけない。

果たしてその戦略が、実際に成果を挙げ、
この社会に影響を及ぼし得るものかどうか、

よく吟味する必要があるだろう。

スライドの中だけの「絵に描いた餅」になっていないか?

それを描いていただけで、満足してはいないか?

時代や状況は、刻一刻と変化している。

それっぽくまとめただけの「戦略」やその言葉に惑わされず、

着実に、実質的な成果を挙げ、
社会に影響を与えていこうではないか。

その戦略の正当性を示すのは、戦略自体ではなく、
その成果と実績である。

Don't you know?

(2016/7/12)

スイカと信心

大して信心深くもない私だが、

夏に美味しいスイカを食べたりすると、

無性に神様に感謝したくなるんだ

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こんなにもみずみずしく、美味しい食べ物を、
それを最も欲しくなる季節に食べることが出来るなんて… と。

しかも、どんなに美味しい食べ物があろうとも、
人間にそれを知覚するための味覚がなければ意味がない。

この夏に、美味しいスイカと、この舌があること…

神様、ありがとうございます(笑)。

こんなことを言っているようだから、
信心がないのだが(苦笑)。

(2016/7/2)

またいつものように自分を励ます

権力はのしかかり、利権は絡み合う。

全くのフリーな立場ではない以上、
それに従わざるを得ないのも致し方ない。

悔しい思いをして、またそれをバネにする。

何もしないことが、一番無難だ。

新たなことに果敢に挑戦しようとすれば、
様々な批判の声も上がる。

そもそも、全ての人々に支持され、
協力を得られるようなことなどそう多くはない。

ひるむな、もっと前に、もっと果敢に、
塞がれた未来をこじ開けてやれ。

何もしない人々は、暗い部屋で一生を終える。

光は、勇気ある者にこそ、注がれる。

さあ、気をとり直していこう、自分。

また次の挑戦で勝負だ。

(2016/6/13)

強大な敵を前に

本当の敵は、あまりにも強大だ。

我々10人や20人が、決して相手になるレベルではない。

そんなことは百も承知で、挑まなければならない。

「そんなことをしても意味がない」という人間にとっては、
あらゆることが無意味だ。

だが、そこに意味を見出し、実行する者には、
さらなる意味が付与されるようになるだろう。

今や世の中は、思いも寄らない形で結び付いている。

それを一人の人間のレベルでは、到底理解できる筈もない。

一見無意味に思えることが、
実は、あまりにも大きな意味を有していることがある。

ちっぽけな一個人の判断なんかに左右されるな。

強大な敵を前に、臆するな若者よ。

キミたちの後には、多くの国民がいる、
多くの賛同者が現れる、
大きなうねりが生まれる。

共に挑もう、あまりにも強大な敵に。

その一穴が、今の日本には必要だ。

(2016/6/10)

「合格点」の報道

そこまで期待していなかった、ある報道だったが、

私は自信を持って、「合格点」をあげたい。

もちろん、過去のネガティヴな内容が、

全体の半分近くを占めてはいたが、

そのような事実を消すことは出来ない。

過去を引き受けつつ、現在、そして未来に
どうあるのかが重要である。

細かな点を挙げれば幾つもあるが、
社会的にも、とても有意義な内容であったと思う。

今回のトーンや取り上げ方に
納得いかない方は、注意が必要だ。

その感受性のままでは、
社会との溝を埋め合わせることは難しいだろう。

“自分たちの全ては正しい”、
“過去に過ちなど何一つなかった”などという心意気では、
社会とのこれ以上の進展は見込めないだろう。

今回の報道に対する各自の評価は、
その人を測る“リトマス紙”になるに違いない。

いずれにしても、過去を引き受けながらも、
未来に向かって、誇れる共同体を築いていこうではないか。

今回の報道は、そのための清々しささえ
私に感じさせてくれたのだった。

(2016/5/31)

さかなクンの深イイ話

最近、妻から聞いた、さかなクンによる深イイ話

魚たちは、狭い水槽に入れられると、
その群れ(グループ)の中でイジメや共喰いが始まる…

一方、広い海において、同じ群れの中では、
イジメや共喰いが起こることは決してないという。

人間も、閉鎖的で狭いコミュニティの中では、
イジメや派閥などが起こりやすいものだ。

もっと広い世界に目を向け、広い世界を相手にし、
大きな“世界観”の中で生きるならば、
くだらない争いなどをしている暇もないだろう。

自分のコミュニティで、仲間との間で、
つまらないことに気を揉んでいるとしたら、
それは、その人が、
狭い世界、狭い世界観の中で生きていることに他ならない。

私達が勝負すべき相手は、仲間ではなく、
もっと広い世界、もっと大きな世界観の筈だ。

私達は、水槽に入れられた魚のようになってはいけない。

(2016/5/11)