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しがない職員のシュワワのワ

しがない職員が綴る、1話1分ブログ。

ある「動画」をめぐっての独り言

ある「動画」をめぐって、未だ批判が止まないようだ。 

かつて、私が動画の企画・制作を担当していた頃は、
毎回、企画案から試作段階でも
視聴ターゲットの内の一番身近な一人である妻に視聴してもらい、
その感想を確かめていたものだ。

そんな妻も、今回の動画には非難轟々で、
妻に限らず、私も色々な場で弁解を迫られている。

私も元々、同様の「アプローチ」を検討したことはあったが、

やはり、私たちの“核心的な価値”を外していけないし、
その表現においても“陳腐”であってはいけないと思う。

大事なことを伝えようとする際、
いかにも大事そうに伝えたところで、
それが伝わらないことは往々にしてある。

だからこそ、“伝わる”ための
イデアや表現が求められるのだが、

内容に大事な事柄や要素がなく、
その表現やクオリティが陳腐であるならば、
やはり、その程度の作品になってしまうのは避けられないだろう。

想定するターゲットに伝えようと、
色々なアプローチを検討することは必要だが、

第一に、それを視聴し、また、拡める役割を担ってくれる
内部の顧客のことを無視してはいけない

表現におけるさじ加減は容易ではないし、
これまでになかった表現や意外性を狙った挑戦も理解出来るが、
やはり、視聴者から中身と表現、

完成度が要求されるのは当然のことである。

ぜひ、これを良い機会と捉え、今後は、良い意味で
想定するターゲットや内部の顧客を驚かせる作品を作って欲しいと、
切に願っている。

今回の一件を通して、匿名のブログなどで、
鬼の首を獲ったかのように
いつまでも批判を続ける心性には決して同意できない。

そのような批判を繰り返す人間自身は、
果たして、周囲にどんな価値を提供しているのだろうか?

周囲にどのような模範的な人格や
生活態度・活動を示しているのだろうか?

おそらく、自分のことは棚上げし、
根底には建設的な意見や協力的な気持ちなどなく、
無責任な発言を繰り返す、その腐りかけた心性が、
洗い清められることを願って止まない。

挑戦に失敗は付きものだし、
失敗をしない人間などいない。

お互いに寛大な心で、さらなる成長、発展を願い、
積極的な協力を申し出るぐらいでありたいものだ。

「許せ、愛せ、団結せよ」

こんな時こそ、
この言葉と自分自身とのギャップが明らかとなってしまう…

(2016/4/9)